はじめに:問い&答えだけではない『ハーバード白熱教室』
大切な人が末期ガンだとしましょう。あなたは彼/彼女から人工呼吸器を止めてくれ、と本気で頼まれました。『一生のお願いだ』、と。 あなたならどうしますか?
あるいは、彼/彼女が決意に満ちた目で自分の手で人工呼吸を外そうとしているとしましょう。あなたは止めますか?あるいは、『一生のお願い』が見知らぬ人からの頼みだったとしたら?
そうする理由は説明できますか?そこに正義はありますか?
我々が生きる社会では、正解がない、しかし決断を迫られる問題がたくさんあります。そんな問題に対する、『向き合い方指南書』です。マイケル・サンデルが『ハーバード白熱教室』で披露した熱い議論の興奮を書籍でも味わい続けることができます。
これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学 ハヤカワ・ノンフィクション文庫
- 作者: マイケル・サンデル,鬼澤忍
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/08/01
- メディア: Kindle版
- 購入: 8人 クリック: 11回
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目次
考えさせる問いの数々
本書では以下の問いが投げかけられ、一つ一つじっくりと考えを深めていくように考察が展開されていきます。
- 1人を殺せば5人が助かる場合、1人を殺すのは正しいか?
- 爆弾犯容疑者を拷問して、数万人が人質に取られた空間に仕掛けられた時限爆弾の解除を強要するのは正しいことか?
- マイケル・ジョーダンのような大金持ちからは税を多く取る、累進課税を行うべきか?
- 腎臓を売るのは禁止されるべきか?
- 合意があれば人肉を食べるのは許されるか?
- 多様性を担保するために大学入試でマイノリティを優遇すべきか?
- 足が不自由なプロゴルファーにのみカート使用を許可すべきか?
- 先祖の代の罪をどこまで謝罪・賠償すべきか?
- 家族、兄弟が犯罪を犯したことを知った場合、通報すべきか?
- 自国製品を買おう、というのは不平等か?
- 同姓婚は認められるべきか?
……etc
正義に対する3つの考え方
本書では、上記のような問いに関して、3つの考え方を提示し、それぞれの立場をうかがっていきます。
ある社会が公正かどうか、ということは、われわれにとって大切なものがどう分配されるか、を問うことである。とサンデルは言います。その観点から3つのアプローチを見ていきましょう。
1. 正義とは、最大多数の最大幸福のことである(ベンサム、ミルのアプローチ)
幸福を最大化させる社会こそが、公正な社会だ、という考え方です。功利主義の考え方ですね。現代に生きる我々からすれば、経済的に繁栄があればあるほど幸せだ、と考えるのは当然のことのように思えます。
このような立場の人たちは、5人を助けるために1人を殺しますし、爆弾テロ容疑者の拷問は容認します。累進課税には大賛成。なぜなら、より多くが生存する、お金を手にする、そのことこそが幸せであることに疑いはない、という考え方です。幸せの多様性が存在しにくい考え方です。
2. 正義とは、自由の尊重のことである(カントのアプローチ)
この考え方の人々は、強制や、縛りごとをひどく嫌います。政府もできるだけ小さく、最低限のサービスだけ提供すべきだ、というような考え方です。
累進課税なんてもってのほかです。社会の格差を埋める目的を、強制的に行うなんて、強奪と同じだ、という論理です。自主的に募金なり、貧困対策をうつなりするのを、自由に検討すべき、という考え方です。
更に、同性愛や、人工中絶、更には自殺といったデリケートな問題に関しても、個人の選択の自由、といったスタンスを取ります。他人に迷惑をかけない限り何をしてもよい、というスタンスです。
3. 正義とは、美徳を涵養することである(アリストテレス、サンデルのアプローチ)
最後の考え方が、最も説明の難しい箇所です。
端的に言うと、我々は共同体の中で同胞と共に生きている。すなわち、社会に生きる限り、人間とは個別的で、単独で無限の自由を持って生きることは不可能である、ということを前提とした正義の考え方です。
共同体の幸福や、善を考える上で、共同体に存在する宗教観や道徳観を無視し、中立を保つのは表面的な尊重しか生まれない、と説くのです。
例えば、同姓婚を考えた時に、政治が中立を貫いて、選択の自由のみが考えられる場合、結婚そのものの意味が薄れる、ということです。同姓でも異性でも政治は関与しない、自由に任せる、ということなのですから。これがどんどん拡大していくと、正義、というところからは程遠い世界がやってくる、道徳観のかけらもない無機質な都市生活が残るだけだ、という立場です。
どこか古来、東洋的な考え方のような気がしますね。
終わりに:腐りかけた資本主義社会への痛烈な、しかし熱いメッセージ
本書の終盤、ロバート・F・ケネディの言葉が引用されています。
アメリカのGNP(国内総生産)はいまや年間8000億ドルを超えている。だがそのGNPの内訳には、大気汚染、タバコの広告、高速道路から多数の遺体を撤去するための救急車も含まれる。玄関のドアにつける特製の錠とそれを破る人たちの入る監獄も含まれる。セコイアの伐採、節操無く広がる都市によって失われる自然の驚異も含まれる。ナパーム弾、核弾頭、と死の暴動で警察が出動させる相呼応者も含まれる。それに…...子供たちにオモチャを売るために暴力を美化するテレビ番組も含まれる。それなのに、GNPには子供の健康、教育の質、遊びの喜びの向上は関係しない。詩の美しさ、結婚の強さ、市民の論争の知性、公務員の品位は含まれない。われわれの機知も勇気も、知恵も学識も、思いやりも国への検診も、評価されない。要するに、GNPが評価するのは、生きがいのある人生をつくるもの以外のすべてだ。GNPはアメリカのすべてをわれわれに教えるが、アメリカ人であることを誇りに思う理由だけは、教えてくれない。
(本文より)
多くは語りませんが、この言葉を巻末に持ってきたあたり、それまで淡々した語り口で論を語っていたサンデルの熱い思いが垣間見えたように思います。考え続けることが大切と、サンデルは言います。また、そんなサンデルが以外と東洋的な考え方を持っていたのにも驚きでした。
私は自分のことをいわゆる『自由こそ正義』派かなと思っていましたが、本書を読んで立ち位置がわからなくなっています。考え続ける必要がありそうですね。あなたの正義はどのタイプでしょう?
これを読むとどのように変わるでしょうか?考えてみてはいかがでしょう。
これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学 ハヤカワ・ノンフィクション文庫
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