はじめに:小説を書くためのテクニックだけに非ず
筒井康隆と言えば超多作で、純文学からSF文学、エンタメ小説、ついにはラノベまで書いちゃうような多彩な大作家です。略歴を下記にwikipediaから。
小松左京、星新一と並んで「SF御三家」とも称される。パロディやスラップスティックな笑いを得意とし、初期にはナンセンスなSF作品を多数発表。1970年代よりメタフィクションの手法を用いた前衛的な作品が増え、エンターテインメントや純文学といった境界を越える実験作を多数発表している。
ジャンル
SF、スラップスティック・コメディ
代表作
『時をかける少女』(1967年)
『日本以外全部沈没』(1973年)
『虚人たち』(1981年)
『夢の木坂分岐点』(1987年)
『文学部唯野教授』(1990年)
『わたしのグランパ』(1999年)
関西にお住まいの方だと、『ビーバップ!ハイヒール』でもおなじみですよね。
そんな大作家が『遺書』とまで言い切った創作の秘密が詰まっているのが本書です。
小説家は人の心を動かすテクニックをたくさん持っています。本書では、時間を操り、空間を操り、世界を操って読者を揺すぶってきた筒井康隆のテクニックが学べます。
もちろん小説やシナリオなど、創作の役に立ちますが、全ての物書きにおすすめ。
目次
プロからの声
さっそく、行き詰まっていた短編の突破口が見えました。
伊坂幸太郎
作家がどうやって作品と向かい合うべきかを教えてくれる類い稀な指南書だ
今野敏
手を伸ばして届くところにこの本を置いておこうと思っています。守り本尊って感じで。
町田康(本書帯より)
怪しい商材のコメントかよって感じのコメントの羅列ですが 、売れっ子作家たちが言うんだから説得力出ちゃいますよね。
項目別創作術指南
筒井康隆が大切に思っていること、もしくはその時々に書きたくなったものから順に書かれています。
凄味
小説を書くということは 、無頼の世界に踏み込むことであり、良識を拒否することでもある。童話や純愛を書くにしても、覚悟を決めた人が書く以上は必ず凄味が生まれる、筒井康隆は言います。
自分にしかないものを表現する以上は、固有の凄味が出るはずだと言うのです。
ただし、プロはテクニックとしてそれを出す、と続けます。
- 理解不能な人物の登場
- 舞台設定をあやふやにする
- 闇の心をほのめかす
- 必要なことを読者に隠す
- 作者にしかわからないということをあえてほのめかす
作品世界の底のしれなさ、を読者に感じさせるのがポイントとですね。
色気
小説というのは上巻を読者に伝えることが大切、筒井康隆は言います。
筒井康隆が色気のある作家として挙げているのが、宮沢賢治。筒井康隆は宮沢賢治のどこに惹かれているのでしょうか。
答えは死、恐怖です。『注文の多い料理店』の死の恐怖に泣き叫ぶ場面は最高に色気があると筒井康隆は言います。
話は作家以外にも及んで、イチローや堺雅人、藤原竜也、ライス元国務長官などもあげています。なぜ色気のある人物を挙げているかというと、それらの人が発する表現は、自ずと色気を纏うからです。
この章のメッセージは、色気のある文章を書くために書き手であるあなたも色気を持っていなさい、そのために、つねに情熱的に憧れをもちなさい、恋していなさい、ということです。
宮沢賢治傑作選 『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』『風の又三郎』ほか
- 作者: 宮沢賢治
- 出版社/メーカー: ゴマブックス株式会社
- 発売日: 2013/06/12
- メディア: Kindle版
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表題
タイトル付けでもっとも大切なのは読者を読む気にさせること。自分のためでなく、読者のためにつけるのですね。
大江健三郎が選ぶ、ゾクゾクするほど読者が読みたくなるタイトルリストの一部がこちら。
- 百年の孤独 ガルシア・マルケス
- 同時代ゲーム 大江健三郎
- まっぷたつの子爵 イタロ・カルヴィーノ
- たんぽぽのお酒 レイ・ブラッドベリ
- 箱男 安部公房
- 浅草紅団 川端康成
- 猫のゆりかご カード・ヴォネガット
リストにするだけでゾクゾクする、と筒井康隆。
凄味、の章でも語られていましたが、底のしれなさ、を感じさせるのが大切です。
迫力
迫力のない小説はおもしろくない。これは概ね全ての人が同意する事実でしょう。なのでなぜ迫力が必要なのかは省き、どうすれば迫力が生まれるかのテクニック論に移ります。
迫力を生むのは対立。
筒井康隆は言います。
会話でもなんでも、対立の話は盛り上がります。そして、感情移入のできる対立の話は盛り上がるものです。嫌な部長にされたひどい部下への仕打ちの話、夫婦喧嘩の話、どちらかに感情移入をして会話が盛り上がりますよね。
文章も同じで、感情移入させるには対立を上手く使えば良いのです。
会話
エンタメ系小説で、描写や説明を手を抜くために使われてしまったりするとダメ。純文学系小説でキャラを描き分けられずに使われてしまってもダメ。筒井康隆は言います。
では、どうすれば良いのか、ここでポイントとなるのが対立です。価値観の異なる人間の対立する会話はとてもおもしろい。説得や交渉など、様々な展開が対立から可能になります。
異化
私は異化が小説の醍醐味だと思っています。
異化とは、簡単に言うと、日常が非日常になること。
不安を呼び起こす表現です。
非日常になってしまう対象の中には、言葉や視点、考え方なども含まれます。
ジョージ・オーウェル『動物農場』、安部公房『砂の女』、ガルシア・マルケス『族長の秋』などが例として挙げられています。どれも初見は感動するほど自分が揺さぶられるので、読んでみるのもよいでしょう。
羅列
これも私が好きな項目でしたね。
破綻、展開、語尾、省略、遅延、実験、意識、薬物、逸脱、品格、電話、京葉、薀蓄、連作、 、、
本書の章名を羅列しましたが、羅列にはイメージを想起する力があります。そして唐突にはじまる描写は異化効果もあります。
敬愛するポール・オースターも羅列の名手。
人物
前景化とそれを利用した読者を揺さぶるテクニックが書かれています。
『白いひげを蓄えたいくらか狸に似た男が、切れ長の目に真っ赤な口をしたまま、紫の着物の胸元を少し開いた美女に話しかける。
男の名は筒井、女の名はクリス』
こういう文があったとしたら、読者は筒井とさゆりの姿を記憶に留めようとするでしょう。
その働きのことを前傾化と言います。これが自然にできるような人物描写ができるようになるためには、自分が印象に残ったキャラクターを思い出し、何故記憶にとどまっているのか、なぜその姿がイメージできるのか考えると良いでしょう。
視点
筒井康隆流の視点のわけかたはこうです。
- 主人公が語り手で、物語の中にいる
- 主人公が語り手で、物語の外にいる
- 語り手が物語の中にいる
- 語り手が物語の外にいる
1.は主人公が感じることしか表現ができず、制限がとても多いですが、そこが楽しい。2.は主人公が過去を語る形式であることが多く、より多くを語ることができるようになります。3.は主人公のそばに語り手を配置して、主人公の行動や感情や思想を表現するだけでなく、周囲にも同等のことが行えます。4.は言わば神の視点。日本の純文学には馴染まないですが、とてつもなく多くのことを語ることができます。
筒井康隆は視点を自由自在に動かした、『聖痕』という作品を実験で書いています。よほどのテクニックがないとこんなことはできません。また、読者を選びます。
幸福
最後の章。ここでは筒井康隆の幸福観が書かれていて、オチに良いです。
さいごに
筒井康隆読みたくなるなぁ。
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