目次
はじめに:赤ちゃんを産む、女性だけの特権、女性だけの苦痛
ここからが本当の、本当の、地獄のはじまりなのだった。人生でいちばん痛い日々の、これは幕開けだったのよ。
(本文より)
大げさじゃないの?と思うのは妊婦というものを経験していないからでしょうか。痛いこと、つらいこと、しんどいことがたくさん書いてあります。しかも芥川賞作家が描写するもんだから、もう感情に訴える訴える。
彼女はマタニティ・ブルーの時、産後クライシスの時、夫、いや、男性という性全体を嫌悪感に取り憑かれたかのように呪います。
本当はいつだって「個人」を基本にして考えないといけないのに
(中略)
だんだん世のなかの「男全般」や「男性性」というものがこれ、本当に憎くなってくるのである。そして、これまで女性や母親が味わったくじゅうやなめさせられてきた辛酸を、おなじように思い知らせてやりたくなってくるのである
(本文より)
かの小説家で川上未映子の夫で芥川賞受賞作家、あべちゃんこと阿部和重も、その呪いに巻き込まれます。
自分の体験や実感をこえて、世間一般の「男性性」にたいする嫌悪がみるみるぐくらんで、それがあべちゃんという個人に逆輸入されるようなあんばいだった。
(本文より)
きっと出産を経験した女性はすべからくこういう感情になるのだろうなと思うと、恐ろしくもあり、子を守る原動力なのだということで、頼もしくもあります。
ですが、母親だけどうしてこんなに、男性全般を呪うまでに変化するのでしょうか。
もちろんサポートをしない夫は論外ですが、あべちゃんは割りとサポートしていたように見えます。料理意外の家事はほぼ協力、育児もサポートする。
それでも足りないのです。母親から見ると、父親の覚悟や決意は決定的に足りないこの差はなんなのでしょうか。下記のようなものではないでしょうか。
- 母親=子どもと身体がつながっている。ホルモンが身体性と直結する。それが無自覚のうちに強烈な母性につながる。
- 父親=身体から放たれている。自覚的に父性を芽生えさせないといけない。
どう考えても母親の負担の方が大きいですね。けれど本能的に父親を含む男性を憎むようには仕組まれていないと思います。
出産、子育ては男性も協力して作り上げていくものなのに。そもそもの始まり(受精)は共同作業だったはずなのに。川上未映子の怒りの原因は、現代社会の歪にある気がします。『#保育園に落ちたの私だ』が話題になりましたが、女性が産後復帰しにくい社会。育児も家事も負担が大きい社会。それらに対するカウンター目線のメッセージも感じられます。
ともかく、これから母親になる女性、父親になる男性のどちらにも、強烈な予習ができる仕上がりになっています。
川上未映子について
2007年第1回剣玉基金を受けて「わたくし率 イン 歯ー、または世界」を『早稲田文学0』に発表。同作で第137回芥川賞候補作となり注目を集める。同年第1回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞受賞。大賞は村上春樹。単行本『わたくし率 イン 歯ー、または世界』で第29回野間文芸新人賞候補・第24回織田作之助賞候補となる。
2008年1月16日、「乳と卵(ちちとらん)」で第138回芥川龍之介賞受賞が発表される。受賞の際の感想の言葉は「めさんこ、うれしい」。母への連絡の言葉は「お母さん、芥川賞とったでぇ。ほんま。ありがとぉ」。3月、特定非営利活動法人「わたくし、つまりNobody」より第1回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。10月、MFUが主催する、ベストデビュタント賞2008を受賞。11月、ヴォーグ・ジャパンが主催する、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008を受賞。
2009年、4月、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞を受賞。
2010年、1月、映画『パンドラの匣』でキネマ旬報新人女優賞を受賞。同作で3月、おおさかシネマフェスティバル新人女優賞を受賞。3月、小説『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。8月、第20回紫式部文学賞受賞。
2011年10月、同じ芥川賞作家の阿部和重と再婚。2012年5月末に出産した。
2016年、イアン・マキューアンやカズオ・イシグロなどが飛躍のきっかけを掴んだ世界最大の文芸誌「Granta」の名物企画、「Granta Best of Young Novelists」日本語版にて若手ベスト作家の一人として選出された。
本記事で紹介している『君は赤ちゃん』はエッセイですが、主戦場は小説です。芥川賞をはじめ、数々の賞を受賞しています。
日本だけでなく、英語圏でも読まれていて、イギリスの文芸誌『Granta』に『彼女と彼女の記憶について』、アメリカの文芸誌『Monkey business』に『十三ヶ月怪談』が掲載されるなど、世界で読まれる可能性がある日本人作家の一人ではないかなと思います。
特に、『十三ヶ月怪談』はめちゃくちゃ良い!
私的短編史上涙腺崩壊ランキングベスト10に入るんじゃないっていうくらい、よい出来でした!!世界でも評価されつつあるんですね。『愛の夢とか』に収録されています。
『十三ヶ月怪談』は、乱暴に言うと感動モノの話、愛する人が死ぬ系の話です。私的には全然好きじゃないんですが、川上未映子の手にかかると嫌味や『泣かすぞ』感がなくって、無茶苦茶良いです。
実は、『君は赤ちゃん』にも、少しヒントとなるような描写があったりして、自身と夫、阿部和重との関係を作品に重ねている部分も、ゼロではないと思います。(直接的に投影しているわけではないと思います)合わせて読むと、かなり泣けると思います。
長編小説では独特の関西弁で、冗長気味で音楽的な文体が味わい深いです。池上彰に読ませたら手直しが入りまくるような長ったるい文体です。笑
衝撃の長編デビュー作『わたくし率 イン歯ー、または世界』、芸術選奨文部科学大臣新人賞『ヘブン』、芥川賞受賞『乳と卵』あたりの、狂気を孕んだクライマックスの盛り上がりも、ものすごく特徴的です。大サビがすさまじいミドルテンポのバラードみたいに盛り上がって、鳥肌が立ちます。
このエッセイ3つのおすすめポイント
さて、川上未映子愛が強すぎて語りすぎてしまいましたが、エッセイの紹介に戻ります。おすすめポイント3つです。
1.芥川賞作家の描く妊婦の苦しみ&産後クライシス!
なんと言っても超リアルな描写がすごい。身体の痛みがこちらまで伝わってくるような描写です。デリケートな話題、乳首の色や大きさがどんどん変化していくこと、肌の様子、髪の毛や奥歯のこと。。。
それに加えて、心の変化の描写が本当に凄まじい。『心はまんま思春期へ』、『夫婦の危機とか、冬』ええ。冬編があるということは夏もあるんです。『夫婦の危機とか、夏』などなど、詩的とさえ言っていいほどの表現の数々・必読です。
2.経験してないのに出産を経験したような感覚になる筆力!
彼女の文章は心を揺さぶります。彼女が男性に怒りをぶつける時、女性は共感し、彼女が弱音を吐き出す時、男性は守ってあげねば、と意識してしまいます。
それは彼女のテクニックがなす技ではあるのですが、それだけではありません。彼女の心がとても青臭いんですよ。(褒めてます笑)
ある『理想』のようなものを抱えたまま大人になってしまった人なのだな、と思います。そうではないと純文学の小説など書けはしないとは思いますが。とても女性的なロマンチシズムを感じます。
これから、彼女が書いた小説の読み方も少し変わるような気がします。
3.お役立ち情報も満載!
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出生前検査を受けるかどうかや、夫との向き合い方、仕事と家事、育児のバランスなど、様々な葛藤と、川上未映子なりの結論(のようなもの)、思考プロセスは、唸らされる方も多いはず。
大いに参考にもなりそうです。
おわりに
今こうやって両手と両足をのばして、世界を少しずつ広げて、そしてからだはもっとしっかりとして、走りまわって、すぐに大きくなってしまうだろう。いろいろなことを忘れながら、新しいなにかに出会いつづけて、そしてすぐに、わたしのそばからいなくなってしまうだろう。
(本文より)
川上未映子のお子さんが一歳になったところでエッセイは終わります。
妊婦期間含め、喜びも苦しみもすごく詰まった二年間ですが、いつか離れていく赤ちゃんを見て上のようなことを思ったのです。切なくて美しくて、愛にあふれる一節だと思いませんか?
かけがえのない瞬間を大切にしたいものです。
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